私が開院した理由

サッカー漬けだった小中学校時代

子供の頃の私は今時の子供らしくいろいろな習い事をしていました。

 

小学1年生から始めたサッカーや途中で行かなくなったプール、

あまり最初が気が進まなかったピアノなど。

 

小学4年生頃から家に登場したTVゲームをやりまくるけども

小学校の校庭開放で辺りが暗くなるまで帰らないなど

体を動かすことは好きな子供でした。

 

ちなみに砂遊びに夢中になり過ぎて、

午後8時まで家に帰らなかったエピソードもあります。

今だとちょっと考えられないかもしれませんね。

発症と鍼灸

小中とサッカーをしていた私はそのままの流れで高校でもサッカー部に所属します。

しかし、夏休み明けぐらいにちょっとした怪我をします。今考えると確か捻挫だったと記憶していますが、その後急に部活に行きづらくなり途中で退部してしまいます。

そしてやりたい事もなくやや宙ぶらりんの中でボーッと授業を受けていると何だか足に違和感が。

そしてお尻の辺りに急激に痛みが。

「え?何で痺れてるの?」「何これ?」

今思うとずーっと続けていた部活を辞めたことでの筋力低下や目標がなくなってしまった事によるストレスなどもあったのでしょう。

 

しばらく放っておきますが当然症状が取れる事もなく、日常生活にも影響が出現するようになります。そこで意を決し近所の整形外科に行くのですが、そこで衝撃的な事を言われてしまいます。

「椎間板ヘルニアですね」

え?椎間板ヘルニア?何それ?重病?

と当時の私の頭の中はプチパニック。

 

それぐらいお医者様に言われたという事実はショックでした。

 

痛み止めと血流改善のお薬をいただき服用するのですが、さっぱり楽にはならない。

そこで母に言われ行ってみたのが、人生で初めて訪れる鍼灸院でした。

 

そこで出会った先生にお世話になり症状が軽くなり日常生活での不具合は無くなったものの、長時間座ると痺れる。一度痺れるとしばらく辛い。そんな生活をしばらく続けました。

新たな道と鍼灸師という職業

サッカーを辞めて、目標が無くなった私に新たな楽しさがここで登場します。

何と全く別ジャンルのバンドでドラムです。全く新しいジャンルとの出会いにのめり込みだだハマりする私。

高校卒業後もしばらくはフリーターをやりながらバンド活動。なかなか楽しいのは間違いないのですが、貧乏でしたww。

そんな貧乏生活が嫌になり始め働きたいなと思い始めた頃、坐骨神経痛の治療を定期的にずっと継続していた鍼灸院の先生に「鍼灸師になってみたら?」と言われます。

鍼灸師?

とここで初めて鍼灸師の資格がある事を知り、職業としての鍼灸を意識します。

そこで初めてこの坐骨の痛みを知っている自分なら同じような症状に苦しむ患者様の気持ちも多いに分かるに違いないと思いました。

 

鍼灸の特徴でもあるズーンというあの感覚、あの痛いところに狙い撃ち!という感覚は辛い時ほど心地よく、この感覚を同じく苦しんでいる患者様にも提供してあげたい。力になりたいと感じました。

そこでフリーターだった自分を変えるべく心機一転で早稲田医療専門学校に入学、鍼灸師を目指します。

不真面目だった学生時代

初めて勉強する鍼灸の世界は魅力的でありましたが難しくもあり、なかなか苦労しました。

自分で言うのもアレですが、成績は当初はあまり良くありませんでしたww。

しかし3年生になり今年はいよいよ国家試験という年になり、そこで学校の先生に怒られます。「この成績では卒業できないね」。

それまでのらりくらりと送っていた鍼灸学校生活で気合を入れ直し初めてちゃんと勉強をしてみます。その切り替えは自分の中でも衝撃的で、当時は夜間の学生にも関わらず朝から学校の図書室に籠り勉強をしていました。

面白いもので勉強をしているとカラダの仕組みが少しずつですが、分かってきます。

そして分かってくると勉強が楽しいんです。

「アレはどうなってんの?じゃあコレは?」

「ここと繋がってんのか〜」「ここってどうなってんの?」

疑問が次から次へと湧き出てきます、ちょっとしたランナーズハイみたいな心境です。

そうなると手前味噌ですが成績も上がりはじめ気がついたら合格ラインは楽々突破、本番は悠々と合格することが出来ました。

新たな治療法と出会う

学校を卒業後、都内の整骨院に勤め始めた私はそこで初めて患者様と接する機会を得ます。初めて患者様を担当する時にはドキドキし手が震え、何も出来なかった事を覚えています。

結婚と同時に職場を移り埼玉にやってきました。

そこで知り合った先生方に改めて鍼灸だけではなく様々な事を叩き込まれました。

また自分の勉強不足を痛感し様々な治療法を色々と模索していたのもこの頃でした。

 

5年が経過した頃、独立した先生に声をかけていただき新たな職場で働く事になりますが、そこでその先生が取り入れていた治療法こそが現在も取り入れている心身条件反射療法です。心身条件反射療法を知りその仕組みを聞きその革新的な方法に衝撃を受けます。

心身条件反射療法はカラダの反応から誤作動を起こしている箇所を見つけ、ストレスと体が無理なく適応出来るようにしていく治療法です。

この治療法に出会い今までメンタル面へのアプローチというものを考えたこともなかった私には強い衝撃でした。

そして慢性的な症状について勉強すればするほどメンタルとの関連を強く意識し、慢性的な症状を治癒に導くにはメンタル面へのアプローチは外すことが出来ないものではないかと考えるようになりました。

その考え方に導いてくれた先生方には感謝しかありませんね。

しかし整骨院という環境ではなかなかメンタル面へのアプローチは難しい場面もあります。そこで自分の信じている治療を行うには開業が近道ではないかと考えるようになりました。

そして開業へ

いざ開業しようとなると、色々と障害にぶち当たります。今現在のコロナもその一つ。しかし、メンタルが慢性的な症状には大きな影響を与えている以上このストレスフルな状況は慢性的な痛みを抱える人が増えるはずです。

そこで出会ったのが与野本町の物件でした。ここに縁があり開業する事を決めました。

今後も様々な患者様と触れ合いながら、今後もより多くの患者様を診る事が出来るように勉強を続け、さらに多くの患者様に手を伸ばせるようにする気持ちでいっぱいです。

辛い症状に苦しんでいる患者様が良くなるために施術をし、良くなったよ!と声をいただけると私自身もアドレナリンがガッと出て自分も元気になれる気がします。

ここをそんな辛い患者様が気軽に来ることの出来る院にするため日々技術と精神を研鑽し高めていく事をお約束します。

長い文章でしたが、お読みいただきありがとうございました。

あなたの来院を心よりお待ちしています。

 

与野本町はりきゅう院     院長  大井川 将生